寝音曲(ねおんぎょく)
ある夜、おうちの主人が召使いである太郎冠者の家の前を通りかかります。
すると家の中から太郎冠者が謡をうたう声が聞こえてきました。
主人は長年、太郎冠者を自分のそばで召し抱えていますが彼がそんなに上手にうたえるとは知りませんでした。
日付変わって今日、太郎冠者を呼び出してうたわそうとします。
委細を聞いた太郎冠者はご主人が宴会をする度に「おい太郎冠者、お前の良い謡声をお聞かせしろ。」なんて事態になっては迷惑だと考え、太郎冠者はとっさに「お酒を呑んだ後でないと良い声が出ません。」と嘘をつきます。
召使いである自分にお酒を振舞うくらいなら聞きたくないとご主人は言うだろうと考えたのです。
しかし主人は承諾、お酒を振る舞ってくれます。
珍しい事もあるものだと太郎冠者は機嫌良くお酒をご馳走になります。
ご馳走になればうたわないといけません、でもやっぱりうたいたくありません。
太郎冠者はまた策を巡らし「お酒を呑んだ後、女房の膝枕で横にならないと良い声が出ません。」と嘘を重ねますが・・・。
最初に申し上げた通り、主人は太郎冠者を長年召し抱えているわけですから太郎冠者が嘘をついているなんて百も承知です。
この狂言はなんとかしてうたわせたい主人と、なんとかしてうたわずにやり過ごしたい太郎冠者の滑稽な物語です。
小鍛冶 白頭(こかじ はくとう)
〜邪気を払う剣の威徳〜
そもそも剣とは御代の安泰の象徴であり、正しい道を照らすものではないであろうか。
名刀「小狐丸」の誕生を語る能、それが小鍛冶である。
平安時代の京。
霊夢を得た一条天皇は、勅使として橘道成(たちばなのみちなり)を三条の小鍛冶宗近(こかじむねちか)の私宅へ遣わせる。
天下を治めるための御剣新造を命じる為である。
同等の力を持った相鎚が居ない宗近は返答を渋るが、勅命なれば辞すこと叶わず、宗近は神仏の加護を願うため氏神である稲荷明神に参詣する。
そこへ、どこからともなく現れた一人の不思議な少年。
早くも勅命のことを知る少年は、草薙剣の故事を物語り、此度の御剣もそれに劣らぬ品になるだろうと告げる。
少年は神の助力を約束し、祭壇を設えて待つよう言葉をのこすと、その姿は稲荷山へと消えて行った。
やがて、宗近が自邸に祭壇を築き、神々に祈りを捧げていると、稲荷明神の眷属(けんぞく)の霊孤が現れた。
宗近を刀鍛冶の師と仰ぎ、刀剣製造の指南を乞う霊狐。
かくて神の助けを得た宗近は、天下無双の霊剣「小狐丸」を打ち上げ、表に「小鍛冶宗近」、裏には「小狐」と二つの銘を刻む。
完成した御剣は朝廷に献上され、霊孤は稲荷山へと帰ってゆくのだった。
尚、今回は白頭の小書(特殊演出)が付くことで、霊狐の姿が全身真白になる。
能楽において『白』とは、霊力の高さ、清らかさを表し、正に邪気を払うのにうってつけの小書である。
林 宗一郎
能楽師観世流シテ方