改修工事の現場から 第8回(最終回)

 先月、稲刈りをしました。我が家のコンバイン(稲刈り機)は刈り取ったモミを自分で運搬用トラックまで運ばなければならない旧式です。それにしても、このトラックに運ぶモミ袋の重いこと重いこと…。一袋30s弱ですが、このコロナの影響もあり舞台現場に出ることがめっきり減ってしまった私には重すぎました。(多分、齢のせいではないはずです。)運んだ総数ちょうど100袋。重さにすると約3t。終わったあとはクタクタでした。とはいえ、作業の合間に食べる梨の甘さや、新米の味は毎年格別で楽しみです。サンマやサツマイモなどまさに「食欲の秋」が到来中。でもやっぱり秋といえば「芸術の秋」ですよね。


〜現在の工事について〜

 現在、約9か月に渡り実施されてきた全ての工事が大詰めを迎え、それぞれ細部の調整や、プログラムどおりに機器が動作するかなどの検証が延々と行われ、その精度をさらに高めている最終段階です。最終回となる今回はそんな現場から、梨花ホールを中心として「舞台音響設備改修」、「特定天井耐震対策工事」、「客席椅子のオーバーホール」、「照明設備のLED化」についてお伝えします。

◇「梨花ホール舞台音響設備改修」
 梨花ホールは収容定員2000名、優れた建築音響と共に、舞台、照明、音響などの高度な演出設備を有する中四国でも有数のホールです。今回、そんな梨花ホールの音響設備が小ホール同様に新しくなりました。(*「改修工事の現場から〜第5回〜」◇小ホール舞台音響設備改修をご覧ください。)
 今回の改修により新しい機能の追加や、それらを使用した高度な演出の実現が可能となったことはもちろんすごいことですが、やはり一番の目玉はシステムの高音質化でしょう。近年、映像の世界では4K、8Kというようにどんどんと高画質化が進み、そのあまりの美しさに目を奪われることもあります。音に関しても以前からそのような高音質化の流れはありましたが、2000年代前半頃から録音スタジオなどで始まった音声のデジタル化と共に確立され、現在は昇華した一部のハイエンドな舞台音響設備機器に実装され、その運用が始まっています。梨花ホールに導入された機器も一般的なCD音質の2倍以上という広い再生帯域を取り扱うことができる超高音質な機器群で構成されています。
 私はホールの音響担当者として様々な電気的な音響システムやそれらの機器の音を聴いてきましたが、新たなシステムを経由してスピーカーから出される音は、まるで目の前の霧が晴れたかのような自然な明瞭度と濁りのない澄み切った音質を実現していると感じました。ドラムやエレキベースなどの体の奥底を震わせるような超低音、弦楽器や歌声に含まれる繊細さやその倍音など、音は耳で聞くだけではなく体や脳で感じるものでもあります。裏方としてはそのような音が今まで以上に広く深く再現され、音が本来持っているポテンシャルが広がることにワクワクしています。

〈梨花ホール舞台音響設備 ミキサー(音響調整卓)〉



◇「特定天井耐震対策工事」(梨花ホール2階ホワイエ)
 ホール内の客席天井は意匠の問題や建築的な音響変化を嫌うため、その施工方法にかなりの制限がありましたが、主にお客様の入退場の場として使用するホワイエは、それらの問題をあまり気にする必要もないため、「軽量柔軟天井新設工法」(軽くて柔らかい素材を使用した天井に作り替え、万が一天井が落下しても人にけがをさせない作り)という改修方法が採用されました。言葉では一言簡単ですが、このホワイエ天井の耐震対策は大型の鉄骨を骨組みごと切断・解体するなど実に大掛かりなものでした。
             
〈改修前 2階ホワイエ全体〉                       〈アーチ部分解体作業中〉 
B解体作業中 

 天井の解体・撤去が終わると、同じように落下防止対策が施された空調設備のダクトや照明器具が次々と取り付けられ、1uあたり2s以下というとても軽いグラスウールボードを使用した天井に張替えられました。この素材、軽いだけではなく燃えにくく、吸音や断熱効果、さらには耐久性にも優れているようです。そして最後に軽量の帆布を使用したアーチ状の膜天井が吊られ、雲のような柔らかい意匠を受け継いだ新しい天井へと生まれ変わりました。

               〈ホワイエの天井内部〉                〈ホワイエの天井材 グラスウール〉  
Fホワイエ天井 グラスウール  
 
〈改修後 2階ホワイエ全体〉                   〈改修後 膜天井〉   
D改修後 膜天井  

◇「客席椅子のオーバーホール」(梨花ホール客席内)
 開館から約26年、多くのお客様にご利用いただいてきた梨花ホールの客席椅子は、使用による汚れや座面の傾き、肘置きのガタつきなど、近年、多くの不具合が目立つようになっていました。5月下旬にパーツごとの修理や駆動部の清掃などのオーバーホールのため館外へ移動された1990席の椅子達は、9月上旬に約4か月という長旅を経て、無事元気な姿で戻ってきました。また、固定席だった1階客席前方通路付近の座席は、取り外しが可能となり、車いす席を増やしたい時や演出機材の設置場所を確保したい時など、今まで以上に柔軟な客席のレイアウトが可能となっています。さらに、勾配のきつい3階客席には階段の上り下りが安全にできるよう、新たに通路側の座席に「手掛け棒」が取り付けられています。

〈可動席 け列7〜42〉             〈手掛け棒〉   _ 
H手掛け棒 

 そして、なんと2階客席、3階客席の両サイドにあるバルコニー席の一部は、肘置き跳ね上げ式の2人掛け用ペアシート(48席:24ペア)として生まれ変わりました。落ち着いた深緑色のベルベットシート(思わず触りたくなってしまいます。)は、適度な硬さで体を支えてくれるので、長時間の鑑賞でも疲れにくい仕様となっています。舞台を斜め上からご鑑賞いただけるこのバルコニー席は、舞台だけでなく客席も見渡すことができる数少ない特別な席です。ご家族などで、ゆったりとくつろぎながら舞台上の感動や客席の興奮を存分に味わってください。

〈バルコニー席のペアシート〉         〈ペアシート肘跳ね上げ時〉 
Jペアシート肘跳ね上げ時 

◇「照明設備のLED化」(梨花ホール、小ホール、館内通路、フリースペース、展示室など)
 梨花ホールの客席を照らす電球が一体いくつあるか想像がつくでしょうか?1階客席から3階客席まで合わせて214灯、それから壁に取り付けてあるライトが168灯あるので、計382灯もの電球がLEDに変わったことになります。運用時の大幅な消費電力削減や電球自体が長寿命となったこともあり、ランニングコスト低減など環境にも大きく貢献しています。また、舞台側ではピアノ、吹奏楽、オーケストラなどの演奏時に使用される音響反射板(舞台機構の一種)の天井照明器具(通称:天反ライト*天井反射板ライトの意味)もLEDに変わりました。熱が出にくいこともLEDの大きな特徴なので、舞台上の演奏者は今まで以上に快適な環境で演奏に集中できるのではないでしょうか。ホールの照明担当者としても、今までは危ない思いをして高い位置の電球交換をしていたので、器具の寿命が延び、そのような球替え作業が減ることは自分の寿命が延びたようにうれしい限りです。

   〈梨花ホール客電〉           〈梨花ホール 音響反射板〉
L梨花ホール音響反射板 

 今回のLED化ではホール客席内だけではなくロビー・ホワイエ・館内通路、フリースペース、展示室などの一般照明器具もLEDへと変わっています。以前と変わらない違和感のない色味を維持しつつ少ない消費電力で十分な明るさを確保しています。

〈梨花ホール ホワイエ〉            〈フリースペース〉  
Nフリースペース 

〈梨花ホール 2階ホワイエ EVE(イヴ)像〉

 ホワイエにそびえるイヴ像も、照明が明るくなったことで心なしか以前よりも微笑んでいるように見えるのは気のせいでしょうか。ちなみに右手に持っているのはリンゴです。(鳥取県名産の二十世紀梨ではありません。)

〜おわりに〜

 劇場の本質は日常生活では味わうことのできない非現実を体験できる場所であると共に、インターネット配信やWebの世界では感じることのできない臨場感や一体感を得られることにあります。空気の振動を感じるような圧倒的な音圧、目を奪われるようなきれいな映像、複雑に変化し空間を彩る照明、そのような空間で奏でられる生の演奏を聴いたり、舞台上の役者の演技やその作品に深く魅入られ心を揺さぶられたり。劇場での非現実の中には確実な現実が存在します。そんな世界がここ、とりぎん文化会館にはあります。
 10月25日(日)、梨花ホールで開催の「MUSIC ENCOUNTER〜アーティストたちの協演〜」を皮切りとして、再び歩みはじめるとりぎん文化会館で、今後も様々な催しが開催され、多くの人で賑わい、文化の拠点として県民の皆様に愛される施設であると共に、地域の中核を担っていくことを楽しみにしています。

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