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石井さんの田舎暮らし体験談


店内 兵庫県明石市生まれの石井マス子さんは、神戸市で30年余り勤めた会社を退職後、ギャラリーと生花店を開業。その2年後、阪神大震災(1995年)に見舞われ、店が損壊して電気もガスも使えない被災生活を経験しました。その後、店を改装して喫茶店を営みましたが今年(平成21年)、智頭町波多に移住されました。

◇なぜ、田舎暮らしを始めようと?

石井さん:
「自分が今、何をしたいのか。その夢の準備をするといいよ」と、主人からも周りからもよく言われてきました。早めに会社勤めをやめて「定年のない仕事をやりたい」と、主人(康義さん)と一緒にギャラリーと花屋を始めたんですが、震災に遭い、しばらくして主人も亡くなりました。老後は田舎で、好きな花でもつくって、のんびりしたいという思いがありました。

◇智頭町との出合いは?

石井さん:
たまたま旅行会社の案内で知った「田舎暮らし体験ツアー」に参加したんです。それで智頭町の民家に宿をとったんですが、民泊した家の方が「そこに土地があるから住まいを建てたらどうか」とすすめられたのが、きっかけです。そこから眺める景色が気に入ってね(晴れた朝には、谷あいの向こうから眩しい朝日が差し込みます)。古い民家を譲り受けて住むには、やはり一人身の私には大きい家ばかり。で、紹介された空き地に家を新築することにしました。

花祥庵 ――杉材をふんだんに使った新居は7月に完成。こぢんまりとした平屋建てながら、モダンな造りです。新築祝いには神戸から大勢の知り合いが集まり、石井さんの新しい“田舎暮らし”にエールを送りました。その2か月後、石井さんは新居の前に庵(いおり)を結びました。自らの華道師範の号「花祥(かしょう)」にちなんで「花祥庵」と名づけ、そこに来る人に「喫茶室」としてコーヒーや紅茶、ぜんざいなどを提供しています。――

◇実際に暮らしてみて、どうですか?

石井さん:
夏の虫には悩まされました。ブユ(ブト)に刺されて肌が真っ赤に腫れあがったことも。神戸に住んでいたときは、そんな経験ありませんでしたからね。でも、ここでホタルを見たときには感激しましたよ。これも田舎なんだなという感じです。ここに移り住んでからは地元の人がたびたび訪ねて来てくださいます。近所の独り暮らしのおばあさんは、毎朝のように来てくださいます。

カップ 花祥庵には、神戸の店で使っていたものを持ってきて利用しています。お茶を出すカウンターやテーブル、椅子、それにカップ類の器も。まるで神戸時代のまんま。それがこの地域の人にも好評で、時間限定の喫茶店となっています。お花をいじって、のんびりとしたいと思っているのですが、なかなかそうはさせてもらえない(笑い)。

 ――智頭町での生活ではテレビなし、電子レンジなし、の生活。食品を買うのも定期的に村にやってくる行商人や宅配サービスを利用する石井さん。「阪神大震災に遭って以後、テレビなしの生活を送っています。あのときに開き直ったのかなぁ。ただ、水があるか無いかだけには注意するようになりました」。――

◇田舎暮らしを希望する人へ、なにかアドバイスはありますか。

石井さん:
ハンパ(半端な気持ち)じゃ、いけないよ、ということです。「何が起こっても承知の上」という思いでなければね。途中で「こんなの、ついて行けへん」ではいけませんね。(田舎暮らしも、ある意味では)未体験ゾーンに行くわけだから、それを楽しまないとね。

花祥庵 ――石井さん宅の前庭にはサクラ、カリン、ナナカマド、モミジ、ブルーベリーやヤマボウシなどの草木が新たに植栽されていました。季節を彩る花々との、じっくりとしたお付き合いは、これから深まっていくのでしょう。――