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金刀比羅神社

金刀比羅 金比羅神社 古くから北山権現といい、江戸時代のおわりころ、安政5年(1858)から讃岐の「金比羅」を勧請(かんじょう)しました。讃岐のコンピラさんは航海の神と豊漁の神として崇拝されましたが、のちに豊饒の神として農村でも祭るようになりました。
 しかし「金比羅」は、もともと十二神将の一つで仏であるため、明治初年の「神仏分離令」に神と仏を一緒に祭ることを禁止しました。この神社も破壊されましたが、明治15年、村のあつい信仰心によって「金刀比羅」神社としてよみがえりました。
 本殿壁面に、名工が刻んだ「八岐の大蛇退治」の彫刻があります。

エピソード

 讃岐のコトヒラ神社は、祭神は大物主神(大国主神)で出雲の神を祭りますが、ここのコトヒラ神社はスサノウノ命と蛇の神を祭っています。古くから、「神無月」(旧10月)には全国の神々が出雲に集合しますが、蛇の神だけは「留守い神」といって土地を離れることをしないといわれていますから、収穫の神として崇める信仰が起こりました。

本殿壁面彫刻 この神社の本殿の壁画は「ヤマタノ大蛇」で、古代神話を見事に彫刻しています。三面の壁画は、スサノウノ命の大蛇退治と櫛名田比売を救う物語をリアルに描いたもので、一見の価値があります。また本殿の装飾建築も精巧なもので、宮大工の高度な技術がうかがえます。

現地情報


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金刀比羅神社
所在地/八頭郡智頭町坂原
TEL/智頭町総合案内所 0858-76-1111
    智頭町企画課 0858-75-4112
交通アクセス/智頭駅から車で約5分

ちょっと寄り道

豊乗寺

創建は嘉祥年間(848〜851年)とされていますが、現在の建物は徳川中期以降のものと伝えらています。

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